Column

2019/11/25

ホーチミン市内地価10年ごとに3倍に上昇

現在のPhu My Hung

ホーチミン市内平均地価の土地価格は、過去20年間で10年ごとに2.5〜3倍に上昇し、ほとんど投資目的である。ホーチミン市に本拠を置く不動産会社Viet An Hoa社CEO、Tran Khanh Quang氏は、市内の土地価格は10年周期で見ると、通常、最初の2〜4年で価格が大幅に上昇し、その後3〜5年で下落。その後の数年間の価格は横ばいとなると同氏の弁。中心部商業地区の地価は、比較的ゆっくりと上昇することが多く反面、郊外のそれは急速に上昇し、それに続き近隣の省が上昇すると彼は分析する。過去3年間、不動産価格は過熱気味で取引価格が実勢価値を遥かに上回ったとのこと。

ホーチミン経済大学国際ビジネス副部長のHuynh Phuoc Nghia氏は、地価は2016年から2018年にかけて倍増し、2009年から2019年にかけて4倍から10倍に急騰したと語る。地価高騰により、かえって地元民の不動産所有の機会が大幅に減少した。この問題は製造部門の発展をも妨げ、商品やサービスのコストを増大させる可能性があると付け加えた。

不動産取引サイトBatdongsan.com.vnのレポートに因れば、市内中心部のアパートの取引価格割合は、ハノイの3.9パーセントと比較して、第3四半期の前年比で11.8パーセント急騰。第3四半期のサイゴンの平均アパート価格は3,700万ドン(1,595ドル)で、ハノイの2,900万ドン(1,250ドル)よりも27.6%の高水準。ホーチミン市市統計局によると、2018年末のサイゴンの基本人口は858万人でした。

(ブログ筆者寸評)

 筆者はベトナムで暮らし、四半世紀。初めてこの国に来た頃は、電力事情が悪く、一日のうちほぼ半分が停電など日常茶飯事。街の通りは未舗装で、信号すらなかった。自動車と言えば、ロシア製や旧東ドイツ製のものが僅かに行き交い、バイクと言えば圧倒的に日本製の中古で占められていた。もちろん、公共交通機関としてのバスもなければ、タクシーも白タクのみ。建物ですら、高層ビルなど皆無、当時最も高いものでも7階だて程度。そんな状況の中、不動産に価値を見出すことなど考えられなかった。

それから時代がやや下がって、2000年代始めから不動産の価値に変化が現れてきた。外国企業のベトナム投資関連法の整備が進むにつれて外資がこの国に集まってきたこと、その資金をもとに土地の開発も促され、それまで使えないただの湿原でしかなかったホーチミン市7区を皮切りに造成され住宅地が各地で広がって行ったのである。例えば、台湾の不動産開発業者であるフーミーフンの開発した7区のナムサイゴンの1区画辺りの最初の販売価格は、5万米ドルからだった。現在の相場からすれば5万米ドルは非常に安い価格だが、当時私が暮らしていたフーニュアン区で、同じぐらいの物件が2万米ドル以下で売買されていたこと、それに一般的に不毛な湿原の悪地と考えられていたナムサイゴンからすれば、かなり高額なイメージだった。

ところが、今やベトナムの土地、どこをとってもバブルの様相を呈しており、理解の外だ。土地はおろか、アパートの部屋の売買で、都市の中心地にあれば平米辺り、2000〜2500米ドルと日本の中核都市のそれの価格を凌駕するほど。一体、この狂乱はいつまで続くか解らない。しかし、周辺のベトナム人で土地転がしでチャンスを得、巨額の資産を築いた者は多く、それは円に換算して二桁億円レベルだったりする。私は、そんな話を耳にするたび、ため息を漏らすのだがが、反面、パーティーはいつかは終わると固く信じつつ、静かに世に潜んでいるのである。。。

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