Column

2019/04/08

 

日越結婚物語
第1回:出会いとプロポーズ

出会い

「ベトナム人の嫁さん貰うよ、、、、」

と僕が日本の両親に打ち明けた時、 二人の顔が一瞬ロダン の彫像のように固まり、 目が点になっていたことを時折想い出 すと、 今もにやけた笑みがふとこぼれる。両親は、それまでの僕が仕事にかこつけて好き勝手やってきたやんちゃな性格と生き様を知っていたし、それに日本では親公認の仲で5年間付き 合い、互いに結婚まで約束していた恋人と別れ、失恋の痛手にも気づいていたが、さすがに息子の突然の外国人との結婚話に動揺を隠せずにいた。しかし実のところ当の僕自身が自分の発言に一番驚いていたのだった。

お袋は深い溜息をついたあと「遠いところの人やね~」と語尾 がフェードアウトし、親父は晩酌の茶碗酒をぐびっと一気に呑み干し、おもむろに頭を上げ、真意を探るような眼差しで「おまえ真面目なお付き合いなのか?」と問い返し、二人とも半信半疑で如何にも当惑した表情を僕に見せていた。暫く重い空気が辺りを支配したあと、お袋がポツリと「まあ、二人が好きどおしやったらええけど。ねえ、お父さん」と渋々ながらも、概ね好意的に 受け止めてくれたのだった。

かみさんと知り合ったいきさつは、僕が日系ビジネスコンサル タント会社の駐在員として、駐在事務所を開設する為、当地ホーチミン市にひとり赴任してきたのが始まりだった。何の伝も無く、たまたま偶然、知遇を得たベトナム人男性と親しくなり仕事の内容を相談したところ、小さな旅行会社に案内された。1994 年のことだった。

この旅行会社では主にベトナム戦争で従軍したアメリカ退役軍人の感傷ツアーを受け入れており、 女社長以下数人のスタッフで業務を切り盛りしていた。事務所奧のソファーに導かれ、 女社長とベトナムでの今後のビジネスについての展望を話していたところ、背がスラリと伸びた若い女性がお茶を運んできた。腰まで伸びた真っ直ぐでしなやかな張りと艶のある黒髪、 あどけなさの残るりんごのような赤いくちびる、暑い国にも関わらず赤いフランネルの長袖を身に纏い、 足下にはプリーツの入った純 白のロングスカートをそよがせ、それが清楚で稟とした印象をより際だたせていた。僕が自分で言うのもおかしいけど、当時の かみさんは、実際、古いセピア色の映画に出ていた高峰秀子と吉永小百合を足して2で割った様な美貌と気高い気品を兼ね備えていたのだった。 そこには貧しいと教えられていたベトナム人のイメージは微塵も無かった。

彼女は一礼し、静かにお茶をテーブルにおくと直ぐにきびすを返した。僕は暫くポカーンと彼女の後ろ姿を見送りつつ、女社長の話も耳に入らず、その女性が僕の目の前で起こした一連の動作を繰り返し脳裏で組み直していた。「どうしたの?」という女社長の不審げな一言で漸く我に返った僕は唐突に「今の女性は?」自分でも驚くほどの声で訊ねた。彼女は笑顔で頷き「私の姪です」と言った。

京都名物おたべ人形よろしく、首を大きく縦にこくりと振り女社長の次の言葉を待つと、あろうことか、彼女の事務所を、当面間借りさせてくれるといい、ついでに先ほどの女性を私の秘書兼通訳として使っても良いと宣うではないか。「夢なら覚めるなょ~」と、ここぞとばかり高鳴る胸を押さえつつ、女社長と業務提携の具体的な打ち合わせを進め、何とかベトナムでの足場を築く事になったわけだ。

早速、翌日から彼女とチームを組み仕事が始まった。何せ僕 にとってベトナムは右も左も判らぬ未知の国。とにかく、必要と思われる情報を手当たり次第かき集め東奔西走する日々。無 口で必要な事以外口にせず、終始物静かな彼女だったが、業務の覚えも早く、それぞれの仕事に応じテキパキと処理し、僕の仕事を支えてくれたのだ。彼女をひとりの女性とし意識し始めたのはそれから約3ヶ月後、丁度、日本に出張で一時帰国していた頃だ。日本国内の出張を済ませ実家に戻ると、お袋が多くの見 合い写真を手に待ちかまえており、余りにもうるさくてかなわなかったから、無意識の内に冒頭の結婚発言に至った次第。もっ とも、この時点で、当のベトナム人女性の意志は何の了解も得ず無責任な発言なのだから何ともいい加減なものである。

 

プロポーズ

彼女と知り合って丁度半年が過ぎた頃、思い切ってプロポーズをした。30才を迎えたばかりの僕は恋愛に関しては、それなりに人並みの場数をこなしてきたけれど、どうも彼女の前では落ち着かず意識すればするほどドギマギしてしまい話しかけても声がうわずって仕事どころではなくなってきた。これではいかん!と、月の光の明るいとある晩のこと、仕事が終わってから彼女をドンコイ通りのレストランに誘ってみた。

それまで彼女とは偶に昼食をとったことはあったが、旅行会社の女社長を始め常に誰か彼かが一緒だったので、仕事の話以外はほとんどしたことはなかった。そんなわけで夕食に誘った口実も「人と会うので一緒に来て欲しい」と頼んだ。勿論、その場に彼女と僕以外他の客を除いていない。やがてアポイントの時間が来ても客が現れないので、彼女はそわそわしだし何度も「おそいね~」と僕に訊ねてきた。もともと誰も来るわけがないのだ。当たり前だが今更本当のことも言えず、電話してくると言って少し席を空け彼女をその場で待たせておいた。5分ほどして席に戻り「客がこれなくなった」と彼女に告げ、折角だから暫らく僕と食事に付き合ってと頼んだ。

食事をしながらお互いの家族のことだとか、趣味だとかベトナムのことについて会話を楽しんだ。楽しい時間は瞬く間に過ぎて行き、時計は午後9時半を指していた。彼女は「そろそろ帰らなくては」と言うので、支払いを済ませ外に出た。僕は少し酒を過ごしたせいで、自分でも信じられないほど大胆になり始めていた。当時はシクロ、バイクタクシー以外の公共交通機関はなく、彼女を家に送るため肩を並べて歩くことになった。途中、中央郵便局の前のロータリー式公園まで来ると、上弦の月も綺麗なことだし彼女にベンチに座り、もう少し話をしてみないかと誘ってみた。彼女は軽く頷き腰を下ろし僕はその隣におずおずと座った。

ここまで来たのは良いけれど、ここから先は何を話したらいいのやら全く白紙で、心臓はバクバクしてくるし、声までうわずり始め頭の中が真っ白になっていたけど、兎に角、結論から先に告げることにした。プロポーズの言葉はだいたい次のような内容だった。

I don’t know how to say to you to begin with but one thing. I’ve in mind is that I’m falling for you so please make me be the happiest man in the world by marrying me.

と、一気にまくし立てた後、おずおずと彼女の顔を見直すと、うつむいたまま黙っている。耐え難い静寂が暫く続いてから、彼女はおもむろに顔を上げ「私の両親に会ってくれますか?」の一言を告げたのだった。

ワオー!!やったね!!!と、その場で我を忘れんばかりに飛び上がってしまった。家族に会う=結婚の許しを得る事と心得ていた僕は、迷うことなく胸を張り「よろこんでご両親へご挨拶に伺うよ」と応えていた。勿論、これで即結婚とはならないけど第一の難関はクリアーした。最終的な決断は彼女のご両親に委ねられる事になったわけだ。ついでに彼女へは今日の客との待ち合わせが僕の作り話であった事を謝ると静かに微笑んでいた。

さて、次回は彼女のご両親にいよいよご対面!どうなることやら。お楽しみに!

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